コミュニケにコールが入る。


任務は入っておらず、休暇の朝。

低血圧のホシノ・ルリにしては珍しく起きていた。

そうでもなければ気付かなかったかも知れない。

身嗜みも人前に出れる程度にはなっていたので、直ぐに出る。


『久しぶりだね、ルリくん。』

運良く気付いてもらえただけと知ってか知らずか、軽薄な笑みを浮かべてロンゲ一号、元大関スケコマシ、エース級パイロット、ネルガル会長、と色々と肩書きを持っているアカツキ・ナガレが挨拶をする。

今のところ、会長としての真面目な顔は伺えない。


「そうですね……
 艦長の葬儀以降ですから、一月ぶりと言ったところですか。

 …それで、落ち目を切り抜けて忙しいネルガル会長がそんな挨拶の為だけに連絡をしてきた訳ですか?」

『まぁ、用事はあるけど、それだと用事がなかったら連絡しちゃいけないみたいじゃないか?』

「いけない訳ではありませんが、そんな事でエリナさんに恨まれたくありませんから。」

『ははは。 まぁ、それは言えてるかな。』

不意に、アカツキが表情を変える。

会長職で、大事な場面を迎えているような表情に。

ルリも少しばかりではあるが心構えをとる。

『でも、暫くは彼女も職場復帰は無理みたいなんだよ。』

「それは……、どうしてですか?」

聞きたくはない。

が、どうしても聞かないといけない。

直感的に感じた事の板挟みにあいながら、ルリはアカツキに続きを促した。

最悪の予感が当たる気がしている。

『昨日の早朝、テンカワくんが死んだからだよ。』

やっぱり、と言う気持ちと、嘘だ、と言う感情が入り混じり、上手く言葉を出せない。

『テンカワくん、艦長を助けた時点で相当キテたんだ。
 それでも艦長が死ぬまではどうにか小健康状態だった…

 様態の急変は一ヶ月前。
 艦長が死んでからだ。
 テンカワくんにとっての精神的な柱だった艦長の死は、そのまま彼の精神をズタボロにしてしまったようだ。

 …大丈夫かい?』

ルリが普通の女の子だったなら、きっと頭の中はアキトの死の事実だけで一杯になっていただろう。

だが、電子の妖精とまであだ名されたルリにはアカツキの言葉に答えるだけの余裕を保持していた。

それが、ルリにとっては少なからぬ悲しみを与える言葉であっても、だ。

ルリは、自分の肩が震えているのに気付き、顔を伏せる。

声も震えているかもしてないが、確認したかった。

「…だから、ですか?

 だから、アノ人は艦長のお葬式に来なかったんですか?」

『そうなるかな…
 今日は暇かい?』

アカツキの言葉に、今日の、そして明日の予定を思い出すルリ。

封印されたナデシコCから乗り換えた、電子戦能力にリミットが付けられたナデシコBの試験航行から帰港したばかりで、会食の予定もない。

「はい。」

『地球の本社に来たまえ。
 イネス女史を迎えに行かせよう。』

通信が切れ、ルリは一人になる。

俯いたままのルリは、泣いてはいなかった。

ただただ、悔しくて、情けなかった。

アキトを殺してしまえる程に愛されていたユリカが。
気持ちを伝えそびれた自分が。

ただ、ルリ自身には漠然としすぎてわからなかったのだが……





―――――――――――― 日の陰る時――――――――――――





ルリとイネスは、無言のまま地球の本社からイネスのナビゲートによるボソンジャンプで直接、ネルガルの月・極秘ドックにジャンプしてきた。

イネスの案内で、ドックにある病室の一室に通される。

そこには、ベットに寝かされたアキトがいた。

シーツをかけられていたが、顔に布は乗っておらず、直ぐに確認出来てしまった。

バイザーも服も身につけてはいない。

人工呼吸器や点滴、心電図モニター等の医療器具に繋がれている様子はない。

全ての動きを止め、静止していた。

今すぐにでも目を開け、動き出しそうな姿。
ユリカの時と同じ様に………

 

部屋には他に人影もなく、イネスに付き添われてアキトの寝かされたベットの脇に立つ。

「彼ね、最後の最後で貴女に言葉を残したの。」

イネスがアキトを見ながら呟くように話し始める。

「『俺の復讐に一人の女の子を利用してしまった。
  出来るだけ彼女といて欲しい。
  二人が幸せになれたなら、俺はそれで満足だ。』ですって。」

「暫らく…
 暫らく席を外して貰えませんか?」

「…外にいるわ。」

イネスが部屋から出ると、ルリはアキトに掛けられたシーツを胸が見えるくらいまで下げる。

 
無数の傷跡。
 

それはアキトが実験された証であり、戦ってきた証。

その胸に顔を埋め、そうして感じたアキトの冷たさでルリはアキトの死を認識した。

そして、アキトの胸に頭を預けたまま言葉もなく、ただ泣いた。

二人がシャトル事故で死んだとされ、執り行われた葬儀の時は泣けなかった。

一ヶ月前の葬儀の時は、号泣するコウイチロウの事もあったし、何よりも現れないアキトを思うばかりに涙を流す事はなかった。

そして今、他に何も思うところないルリは、今までの分を取り戻さんばかりに思い切り泣いていた。










「お待たせしました。」

泣きはらした眼の充血が少しマシになってから、ルリは外に出た。

「エリナ女史よりも少し長かったかしらね…
 少し、休みましょうか。」

そう言って、イネスは休憩できる場所に移動するために歩き出した。
ルリはそれに続く。

「これからどうするつもりかしら?」

イネスが前を歩いたまま、顔も向けずに尋ねてきた。

それはルリに対する問いのようで、しかしイネス自身に向けられているように、ルリには思えた。

「アキトさんのお葬式はどうするんですか?」

どうする、とは方法を尋ねている。

世間一般からすれば、テンカワ・アキトと言う男はS級犯罪者であり、火星の後継者による被害者という認識は殆ど無い。

事実を公開すれば、ネルガル重工の経営に影を落とすことになるし、下手をすれば後世の歴史学者が探し当てるまで、事の真相は明かされないのかも知れない。

とにかく、今はアキトの葬儀を公に行える状態ではないのだ。

ルリやイネス。
その他アキトに関わりのあった人間がどう思っていようが、である。

「彼自身は火葬して、ミスマル・ユリカと同じ墓に納骨する事になってるわ。
 名前は伏せられるけれど、ね…」

「そうですか…」

「彼の乗っていた機動兵器はAI操縦で戦闘させて、戦闘中に自爆させる事になったわ。
 戦艦の方も同じ扱いにする予定よ。」

「…何も。 何も残らないんですね…」

ルリの呟きに、イネスは答えなかった。

カツカツと、二人分の規則的な足音だけが沈黙を強調する。

 

ルリが唐突に立ち止まる。

二歩程遅れてイネスも立ち止まり、どうかしたのかとルリの方を振り返る。

「休憩する前に、アキトさんの言ってた女の子に会えませんか?」

 




「ラピス、入るわよ。」

ドアを開け、中に入るイネスに続いてルリも部屋に入る。

 
そこは先の戦いをアキトの母艦として戦い抜いた戦艦・ユーチャリスの船室の一つ。

アキトが生きていた時は彼の部屋だったと道すがら、ルリはイネスから聞かされた。

その部屋は、備え付けの物以外には何も無い部屋だった。

そんな部屋のベットの上に、一人の少女が丸まって座っていた。

顔は伏せられていて表情は伺えないが、生気が感じられなかった。

まるで抜け殻のよう…

そう思ったルリは、思わず苦笑してしまった。

それは自分も同じではないか。
二人の間にあるのは、落ち込む時間が有ったか無かったかの差だけだ。

「ラピス、会わせたい人がいるの。」

興味なさげに上げられた顔は、無邪気な笑顔こそが似合うだろう。
が、今は雰囲気同様に生気が感じられない。

生きる事を放棄している。 そうとしか感じられない。

「こうして直に挨拶するのは今回が初めてですね。
 ホシノ・ルリです。」

反応は沈黙。 そのまま顔を伏せてしまった。

「昨日の早朝からずっとこんな調子よ。
 言えば動かないことはないけれど、必ずここに戻ってきて、あの体勢に戻ってしまうの。」

「少し、二人きりにしてもらえませんか?」

「そうね…
 ドックのコントロールブースにいるわ。
 何かあったらこれで呼び出して。」

そう言って、イネスは自分の付けているコミュニケをルリに渡すと出て行った。
 

部屋にはルリとラピスだけになる。

ルリはベットの縁に腰をかけるが、それでもラピスは反応を示さない。

「ラピス。 あなったの幸せは何ですか?」

アキトの遺言に、ルリは責任を持って尋ねた。

しかし、ラピスは答えない。

「…私の幸せはテンカワさんの隣にいること。
 貴女は?」

「ワタシはアキトの手、アキトの足、アキトの目、アキトの耳…
 アキトはワタシの全て。

 アキトがワタシの幸せ。」

テンカワの言葉に触発されたのか、ラピスは蚊の羽音程の声で答えた。

ルリはそれを聞いて思う。

今のラピスの思いを変えることはまず無理だ、と。

そして、時間をかけていてはラピスは衰弱して死んでしまう、とも。

 

そして自分の言った幸せについて考えてみる。

もしかしたら、それ以外の幸せが見つかるのかもしれない。

だが、今抱えている胸の内を、狂わんばかりの想いを、どうすればいいのか。

 
自分達二人の幸せを願って死んでしまった青年。

皮肉なことに、その青年が二人の幸せなのだからやるせない。

 
ルリは思う。
何故こんな事になってしまったのか、と。

全ての元凶はボソンジャンプ。

その中枢である演算装置の破壊については、初めて得た“私らしさ”を主張したルリを切欠に中止された。

最終的に、ルリの知る範囲内の全員がそれを支持してくれた。

もちろんアキトも…

全てをチャラにして、どうなってしまうか分からない所に足を突っ込むほど、思考が暴走している訳ではない。

ランダムジャンプで、アキトが過去に戻った事例がある。

下手をすれば惑星の中に突っ込んでも可笑しくないが、こんなに虚しい思いを持て余す位ならいっそ…

それに、アキトの遺言にはこうあったではないか。

 『二人が幸せになれたなら、俺はそれで満足だ。』
 

「テンカワさんがいない今、貴女は生きる意味がありますか?」

「ナイ。」

ラピスは即答した。

「僅かな可能性ですが、ランダムジャンプに賭けてみませんか?」

再び上がったラピスの視線には力があり、提案を肯定していた。

 






「どうせ破壊する船なら…」

そう言って、強引にアカツキやエリナを丸め込み、その時点でできる最大限の補給を受けてから、ルリとラピスはユーチャリスを発進させた。

周りからの妨害のないであろう金星の裏側でランダムジャンプを行う。

補給した物資も後一週間も持たなくなった頃には、彼女達は実に四桁に上る回数をこなしたのだが、女神の星で女神が彼女達に微笑むことはなかった。

限界まで溜め込まれた不安、焦り、苛立ちはルリに、最終手段を取らせるに至った。
 

演算ユニットを保管した施設。

ボソンジャンプで強襲した上で、ルリによる電子制圧。

ラピスの指揮するバッタによって演算装置を奪取した後、再びボソンジャンプにて撤退。

後にも先にも類を見ない程の華麗な襲撃をこなした二人に充足感などなく、ひたすらに目的を追うようにして演算装置の破壊を実行した。





 

破壊を確認した二人は、触れられる限りの全ての情報網から得たデータを見て絶望する。

 
目的が達成されなかったのだ。

世は事も無しにチューリップゲートをくぐり、遠く離れた場所に移動していたのだ。

演算ユニットが偽物と言う事ではなく、破壊をしくじった訳でもない。

もしかしたら、他にも演算装置があるのかもしれない。

だが、ルリにもラピスにもそれを探し出す気力も体力もなく、どうすればいいのか分からなくなっていた。
 

「ルリ、どうするの?」

「そうですね…
 私達に出来る最後の抵抗があります。
 …やりますか?」

「やる。」

「演算装置のあった遺跡自体を相転移させます。
 ユーチャリスの相転移エンジンだけでもどうにか出来そうですから、遺跡内へジャンプできればいい。」

「相転移がキャンセルされる可能性は?」

「未知数ですが、どうせこれが失敗すれば後はありません。
 それとも、今後に期待して中止しますか?」

「いい、やる。」

 
ルリ自身、わかっていた。
歴史がチャラに出来ず、過去に飛ぶ事すら許されない。
今までの全てが無駄だったということは。

だが、胸の内に募る感情は抑えられず、後戻りなど考えられない。

 
ラピスは分かっていた。
全てが失敗だった事に。

だが、アキトを失って出来た心の穴を埋められない以上、アキトへの思いは止まらない。

 

 

同じ名前を持った二人の少女は、僅かな可能性に小さな幸せを賭け、命を張る。










「ユーチャリスの反応が消えた場所は火星の極冠遺跡で間違いないんだね、ドクター?」

「ええ。」

「そう、か……」

会長室の会長席に座ったアカツキに、イネスはソファに座ったまま答えた。

「演算装置の方は?」

「わかっているんでしょう?
 電子制圧が出来る人間はこの世界に三人だけ。」

「そのうちの一人はナデシコBにてユーチャリス探索の任務中だった。
 依頼したのは僕なんだから知っているよ。」

「認めたくないのは分かるけれど、首謀者は間違いなくホシノ・ルリ、ラピス・ラズリよ。
 …どうするべきなのかしらね?」

アカツキは答えずに、どこかへ向けて連絡を入れる。

相手はミスマル・コウイチロウ。
ルリを自分の娘のように思っている人物。

ずいぶんとやつれていて、白髪も増えている。

『アカツキ君か、どうしたんだね?』

「どうした、とはずいぶんと余裕ですね?
 ナデシコBには帰還命令をだしたんですか?」

『…ああ。 本当に、一人になってしまったよ…』

「止めた方がよかったんですかねぇ?」

『無駄だよ。 ルリ君はあれでもユリカの妹だ。
 こうと決めたら止まらなかっただろう。
 止められたとしたら…』

「テンカワくんだけ、ですね…」

『…今回の事件は、襲撃事件は死者がいなかったからうやむやに出来るだろう。
 遺跡内での爆発事件は遺跡内の事故の線で形がつきそうだ。

 …そうだ。
 ルリ君、それからもう一人の女の子の物も遺品があれば預かろう。
 せめて最後だけでも、あの馬鹿息子と一緒にしてやらなければな…』

「では、そのように手配しておきましょうか。
 直接伺いますから、話はまたその時に。」

『ああ。 よろしく頼むよ。』

「それじゃ、失礼しますよ。」

通信を切ったアカツキは、イネスに視線を向ける。

それを受けたイネスは、ソファから立ち上がる。

「頼んでもいいかな?」

「だろうと思ったわ。
 ま、やるけどね……」

イネスが出て行くと、アカツキは大きくため息をついた。

「まったく、熱血馬鹿で鈍感だっただけでなく、死神だったとはね…
 プロス君も、とんでもないものをスカウトしてくれたもんだ。」

 



――後書き――

携帯で書いてた物を編集して移植した作品です。

なんとなくバッドエンドな短編ですね。
続けようと思えば続けることも出来そうですが…

まぁ、それは置いといて、見ての通りの劇場版アフターです。

終盤のルリとラピスの会話の無さに、虚しさとか焦りとかを感じていただければ大成功ですね。

演算装置の破壊が今までのジャンプを全てチャラにするという説に納得できずに書いたのですが、その理由をせつ…解説するのにはイネス女史の登場が少なかったのでやめました。

ついでに、今後書く機会が無ければ書かないと明言しときましょう。

携帯での本編完成――――'06/02/25

誤字修正――――――――'06/10/20

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