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二つの宝石 火星『脱出』

【作戦開始時間です】

[システム、戦闘モードに移行
 艦、全力上昇]

ダッシュの報告にコハクが答える。

今のやり取りは言葉や文字を介してではなくIFSを介した電気的な物で、コハクが脳、ユーチャリスが体といった感じで、命令は即実行される。

命令を受けたダッシュが、ステルスモードによるゆったりとした航行から機動戦艦の名を知らしめるような速度での急上昇に切り替える。

【敵影接近、6・7。 戦艦クラスを始めとした大隊、50隻強
 敵影接近、2・10。 駆逐艦クラスを始めとした哨戒部隊、10隻強】

敵の大隊は後ろから、哨戒部隊は右斜め前から接近している。

コハクはこれらを無視して前進する事を選ぶ。

[優先順位付け、速度、フィールド強度
 攻撃は随時指示]

【優先順位付け了解】

[艦首、哨戒部隊に
 射程に入り次第射撃ルーチン実行、グラビティー・ブラスト2連射]

【射程に入りました。 フィールド一時解除。 主砲2連射。 フィールド再展開】

【戦果、敵哨戒部隊全滅】

【敵影接近、11・2。 戦艦クラスを主体とした主戦力大隊、50隻強
 敵影接近、2・1。 巡洋艦クラスを始めとした中隊、30隻強

 敵機動兵器の射程に入ります
 敵主力大隊の射程に入ります】

[進路変更、12・11。 相転移エンジン並びにフィールド稼働率は?]

【エンジン稼働率50%突破。 上昇中】
【フィールド稼働率100%。 安定】

このまま抜けてくれれば、後は機動力で戦線を混ぜっ返して時間を稼げる。

そうして確信を得た瞬間に、戦闘モードでは艦内の異常を知らせるための警報が鳴り出した。

【格納庫内で搭載機動兵器が起動
 ハッチを攻撃中。 状況、大破】

ダッシュが出したウィンドウに、穴の空いたハッチから出ようとしている黒い機動兵器が映っている。

搭乗者との通信ウィンドウも出た。

「艦長! 貴女何をしているんですか!!」

『アキトに会いに行くの!
 やっぱり私でないとナデシコは駄目なの!』

「だったら私に言ってください!
 艦を壊されたらたまりません! 今すぐやめてください!!」

『じゃぁじゃぁ、アキトと通信をつないでよ〜』

「向こうに電波を送るのは出来ますけど、向こうが電波を送るような事は現状では不可能です
 ナデシコを沈めるつもりですか! 貴女!!」

『だって、今何やってるのかわかんないんだもん!』

「貴女は有給を取った人間です!
 口を挟まずに部屋にいてください!!」

コハクは、ユリカの行動制限を今更ながら甘かったと後悔していた。
機体に強制停止信号を出しておいて、ユリカをコクピットに軟禁しておく。

【警告。 敵機動兵器が攻撃中
 敵主戦力大隊の砲撃も含めてフィールド強度が47%に低下】
【敵中隊の射程に入ります】

[っ!?  エンジンは!]

【稼働率95%】

要するにこれ以上はフィールドに回すエネルギー量は増えないという事だ。

穴の空いた部分にバッタが侵入すれば、グラビティー・ブラストでなくとも艦は沈む。

戦艦よりも速いから機動兵器であり、敵戦艦を振り切れたとしてもバッタからの攻撃を受けつづけた場合には撃沈する可能性は残る。

弱点を抱えて窮地に立たされた訳だ。

[引き続き全力航行
 フィールドジェネレーターの状態は?]

【busy. 回復率は3%】

[引き続き回復させて]

後の憂いが増えただけで、まだ戦闘は可能だと判断し、コハクは先を目指す。

【報告。 ナデシコより機動兵器一機発進
 こちらに向かってきます】
【機動兵器発進により、ナデシコに敵影接近中】

[必要ないのに! ナデシコは気付かれたの?]

【その可能性は九割を上回ります】
【着信。 ナデシコ艦長代理からです】

「…繋いで」

『ユーチャリスは被弾したのか?』

「艦長代理…、ミスマル・ユリカの不明な行動によりハンガーのハッチが内側から破壊されただけです
 援護は不要です。 早急に敵を振り払って」

『ユリカが壊したって…』

「いいから早く! お互い援護している余裕はない!」

強引に通信を終わらせ、艦の指揮に戻る。

【敵主力大隊の射程から離脱】

[攻撃継続中の敵は?]

【機動兵器、巡洋艦を始めとした中隊】
【敵中隊の射程距離から離脱】

[ナデシコは?]

【交戦開始。 敵陣突破には速力不足】

[…ナデシコ側の彼我戦力差は?]

【1:100】
【進行方向上に半包囲する布陣で展開】

[…進路をナデシコ上空に]

【警告。 敵艦隊多数が進行方向上にあり】

[全速をもって突貫
 ナデシコがやられたら終りなの]

【了解。 進路、ナデシコ上空に】

「…お互い援護している余裕はないって言ってたんだけどなぁ…」

ため息混じりに言って、深呼吸を一つして決意を込めて呟く。

「やるしかない、よね…」

 


 

「グラビティー・ブラスト、発射!」

ジュンの号令でナデシコからグラビティー・ブラストが発射される。

閃光の後に残ったものは、機動兵器の残骸と、未だに残る巡洋艦クラス以上の艦艇だった。

「っく! エステバリス隊には艦について来るように、と
 一番薄い所を突破するしかない」

敵のディストーションフィールドが強化されている可能性は事前にイネスから聞かされていたが、実際に目の当たりにすると厳しいものがあった。

「進路出ました
 何所を通っても三隻以上の敵艦を近距離で掠める事になります」

「仕方がない…
 ミナトさん。 お願いします!」

「はいはい。 まっかせといて」

ルリの報告に苦虫を噛み潰した様に渋い表情で言うジュンに、ミナトが出来る限り軽く返す。

ブリッジどころか艦内全ての乗員がこの急場を凌げるかどうか不安だった。

「艦長代理! ユーチャリスが援護に来てくれるようです!」

ブリッジには安堵が広がったが、ジュン・ゴート・プロス・イネスは事態が好転していないのに気付いていた。

ジュンの秘匿回線にメッセージが送られてきた。

コハクの名前入りで、地表に戻るのを検討するようにとの内容だ。

同様の文はゴート・プロスにも送られていたようで、三人は顔を合わせる。

退くなら退くで、それなりの余裕がなければ出来ない。

時間がないのだ。

「ディストーションフィールド出力、40%まで低下」

ルリの報告にプロスがため息をつき、ゴートが頷いたのを見てジュンは命令する。

「これ以上深手を負えない!
 作戦を中断、地表まで戻るんだ!」

「え? でも…」

『了解。 援護射撃するので早急に射線上から退避して
 進路はこっちで出したから……、ルリ』

メグミが不満そうに言うのをコハクが遮った。

上の決定だからと納得する面子ではないのだが、ミナト、ルリと自分達の状況を把握した二人は納得した様だった。

「データ受信。 ミナトさん」

「サンキュ〜、ルリルリ♪」

『ミナトさん、タイミングはきっちり合わせてくださいね』

「まっかしといて♪」

“切り返しまで後 24秒”

ウィンドウに表示された秒数がカウントダウンされていく。

だんだんと緊張が高まっていく中で、カウントが0になった。

回頭し、艦首を向けた艦隊がユーチャリスからのグラビティー・ブラスト2連射で薙ぎ払われた。

ナデシコはそのまま多少の攻撃を受けながらも地上へと退避する。

上手くいって一安心の艦内で、援護してくれたユーチャリスの心配を出来るのは僅か数人だった。

主に通信を直に繋いでいるブリッジのメンバーだ。

ユーチャリスはグラビティー・ブラストを撃った後、回頭していたナデシコの上空を通過し、数秒ではあるが艦尾を晒して加速していたナデシコの盾になり、その後ナデシコ同様高度を落しながら逃げていた。

今は前にナデシコ、距離が開いて後ろにユーチャリスと言った隊列である。

『早急に、こちらにエステバリスを出して貰えませんか?
 それから、今回の騒動の中心人物の引き取りもお願いします』

「そちらの被害は?」

ナデシコからではユーチャリスの状況がわかり辛いのでジュンが確認する。

『ディストーションフィールドに過負荷がかかってますけど、どうにかなります
 バッタさえどうにかできれば、ですけどね…』

既にヤマダ機がユーチャリスに付いて援護しているが、一機では手が回りきらないのだ。

「現状、フリーはテンカワ機です
 そろそろナデシコに取り付いている敵機も駆逐できるみたいです」

「とにかくテンカワ機だけでもユーチャリスに行くように指示してください」

ルリの報告にジュンが号令し、しぶしぶとメグミがアキトに通信する。

 


 

【テンカワ機が援護に来ました】

『コハク、ガイ。 援護に来たぞ!』

「はい、ありがとね
 ヤマダさんと一緒に艦尾よろしく」

『だから! 俺はダイゴウジ・ガイだっていってんだろうがぁ!!』

憂さ晴らしに殴られたバッタが吹っ飛ぶ。

ヤマダは気付かないが、今のは結構いい動きだった。

人知れず、コハクは悪戯を思いつく。

「まぁまぁ、ヤマダさんはヤマダさんなんだから…」

『だぁかぁらあぁぁ!!』

ディストーションアタックで一機圧壊。

『俺は!!』

更に接近した一機の脚を掴み、ジャイアントスイングよろしく振り回す。

『ダイゴウジ!』

振り回していた一機を放り投げ、ミサイルを撃とうと動きを止めたバッタにぶち当てて破壊。

『ガイだあぁぁ!!!!』

後ろを取って機銃を撃っているバッタに迫り、空中でドロップキックをかます。

悪戯による撃墜 ―― 計4機。

「ヤマダさん、凄いですよ〜」

『だからぁああ!!!』         ドゴン! ゴス!

「ヤマダさん!」

『おのれはぁあああ!!』         ベキャ ガン!

「ヤマダさ〜ん」

『何かいぃぃぃぃぃ!!!!』         ボゴン! ズガガ ドガァ!!

「山田君。 座布団全部もってっちゃって〜」

『言えばわかるんじゃぁああああああ!!!!!!』    ドカン! ズババ チュドーン!!

と、遊んでいるうちにアキトが落した10機以外全てをヤマダが落した。

「はい、ご苦労様」

『ぬ!? …どうなってんだ?』

『が、ガイ……』

「はいはい、終わった事は気にしない♪
 ご苦労様、アキト、ダイゴウジさん」

『だから俺はダイゴウジ・ガイだ!』

「あってるじゃないですか」

『……あ』

『あ、アハハハハ…(汗)』

乾いた笑いを始めたアキトと一緒にヤマダも笑い始める。

取り敢えず暑っ苦しいので話題を変える事にした。

「で、今回のB級戦犯者のヤマダ・ジロウ、自称ダイゴウジ・ガイさん」

『自称じゃない! 魂の名だ!!』

「S級戦犯者のミスマル・ユリカさんをナデシコへ搬送してください。」

『…まぁ、やってやる』

「アキトは早々にナデシコに戻って整備してもらって
 こっちにはリョーコさん達が来てくれると、思うから安心して」

『わかった』

【ヤマダ機がハッチの穴からハンガーに入った
 捕縛対象は現在軟禁状態】

[コクピット解放。 機体は引き続き停止]

「魂の名前がダイゴウジの人〜」

『普通にガイと呼べ!
 で、なんだ?』

「今コクピットを開けた機体に乗ってますから持ってってください
 一応説明はしておきますから」

『おう』

[捕縛対象に通信を繋いで]

『あ! 酷いよコハクちゃん、いきなり閉じ込めるなんて!』

「酷いのはどっちですか………
 今、ヤマダさんにナデシコに運んでもらいますから、以降はナデシコでの指示に従ってください」

『え!? じゃぁ、ナデシコに戻っていいの!?』

「言っておきますけど、私が艦長と一緒に居るのが嫌になったから引き取ってもらうんです
 意味、わかってますか?」

『ナデシコに戻れるの!
 アキトに、やっと会えるよぉ〜〜♪』

【幼児化傾向が見られます】

[知ってるわ…]
「ヤマダさん、早く持ってってください」

『ダイゴウジ・ガイだ!
 ほらよ、迎えにきてやったぜ!』

【捕縛対象、ヤマダ機に移った】

[早々に退艦を指示]

【指示完了】
【ヤマダ機、退艦】

[システム、警戒モードに移行
 ナデシコに通信を]

【了解】



 

「な!? チューリップに突入するですとぉ?!」

「ユーチャリスから上がって来た報告から考えれば、一番妥当な案ね」

今後の指針を決める会議でのフクベの突然の提案に、プロスが素っ頓狂な声を上げ、イネスはフムと頷く。

『このままだとジリ貧ですし、いいと思います』

コミュニケ越しに参加しているコハクが同意する。

しかし、プロスの表情は渋い。

「いえいえ、とんでもない!
 いかなる計算であろうと損失しか算出できない<br>  これを行う事は社員規則に違反しますぞ!!」

『だからって、このまま民間人を船室に閉じ込めておくつもりですか?
 彼等の大半が作戦失敗の元凶を出せってデモまがいの事をしたんですよね?』

「その時の映像なら出せます
 …見ますか?」

「いえ、その必要はありません
 それ以外の方法を検討してから再考しましょう…」

ルリを止めて、プロスは言うと、ジュンが仕切り始める。

「では、もう一度現状を…
 コハクさん、お願いします」

『上空は前回の戦闘で哨戒機が増えていて、敵艦も宇宙に上がっている
 下手に出て行こうとしたら上からたこ殴りにされれるわね

 ユーチャリスは前回の破損の影響でステルスモードの性能が30%ダウン
 ナデシコもRユニットで航行速度、主砲の有効射程範囲が低下してます
 そんな状態で宇宙に行けると思えませんけど?』

ジュンの言葉にコハクが応えて言う。

「どこかに手薄な所はないのですか?」

『相手は機械ですよ?
 こういう時にその効率の良さを発揮してくれています
 何所も同じような条件になってるし、一番薄い所でも今の私達には危険だわ』

「うむ、これ以上時間をかける訳にもいかないようだ…」

ゴートがポツリと言う。

「どういう事ですかな?」

「あちらは段々と索敵網を縮めてくるだろう
 地表もいつまでも敵機が少ない訳ではない、という事だ」

『結局すぐにでも撤退しなければいけないのに、その手段は一つだけ…
 ここで代案がなければチューリップ突入しか手がないわね』

「…では、改めてお聞きします
 戦闘を回避するようなルートは他に無いのですな?」

プロスが確認するように聞く中で、ナデシコメンバーらしくない沈黙が流れた。

「…では、一か八かの勝負をするという事で宜しいですかな?」

再びプロスが確認し、主要メンバーの沈黙をもって了承された。

 


 

「なかなか厳しいわね…」

「元々、ナデシコ単艦で火星に来る事が異常なんだ
 これを決定した上層部が変なのさ」

スパイクとジュリアが煙草を煙らせながら会話している。

「貴方達、一応ここは病室なんだけれど?」

禁煙と書かれた張り紙をトントンと叩いて病室に入って来たイネスが言う。

「おっと。 そりゃ失礼」

おどけた調子で煙草を飲む。

イネスは愕然とするが、ジュリアはいつも通り。

「イネスさん、スパイクなりの冗談なんですよ」

そう言って自分の煙草の火を灰皿で消している。

「そ、そうなの…?」

「どうだろうな?」

肩をすくめているスパイクに批難がましい視線を送りつつも、イネスがベットに縛り付けてあるモノの状態を確かめる。

特に異常な数値はストレスを示すもの意外はほとんどない。

「ん゛〜〜!!む゛ん゛ん〜〜〜!!」

猿轡までかまされて拘束されているのは、ミスマル・ユリカ嬢である。

「何を言っているのかはわからないけれど、貴女は私に感謝すべきなのはわかっているかしら?」

「むんむ゛ん!!」

「わかってなさそうね…」

何故ユリカがここにいるのかといえば、他の部屋に拘束しておいてもその内脱出されてしまうからだ。

病室のベットに固定具を使うのが一番手っ取り早いからここに回されてきたのだ。

本来なら拒否する所だが、火星で知り合ったジュリアの頼みもあって一応許可したのだ。

ちなみに元々いた医師は、Rユニットに移動して活動している。

これはその医師が精神科医の経験もあるからだ。

残念ながらイネスは医師免許は持っているものの、本格的なメンタルケアはできないので、こういう配置になった。

何故そうなったのかといわれれば、今まで火星で木星蜥蜴の恐怖と戦い、消耗しきった精神と、昨日今日きて少し追い込まれた程度の精神的消耗では差が大きいということだ。

確かに現状は危機的状態ではあるが、ナデシコクルーにはやる事はあるのでまだ逃避できるのだ。

まぁ、それでも数人は相談事などをしに来たりするが…

「鎮静剤を使うのも勿体無いし、麻酔を使うのも勿体無い…
 もう暫らくはそこで暴れていると良いわ」

それじゃ、と言って部屋を出るイネス。

それに応えるジュリア。

邪魔そうにユリカを見ているスパイク。

意味不明なことを喚き散らしているユリカ。

しかし、その状態が長続きする事はなかった。

スパイクのコミュニケに着信が来たのだ。

『スパイク。 少し相談があるのですが…』

「プロスが相談? どんな面白い事を始めようとしてるんだ?」

俺を引っ張り出すなと言わんばかりの表情で応えるスパイクに、プロスは苦笑する。

『今回はマトモですよ
 敵対会社の社長夫人の愛犬を掻っ攫えなんてくだらないものじゃありません』

「その話を持ち出す時に、ろくな事があったためしがないんだよ」

『おや、スパイクの大好きなど土突き合いなんですがねぇ…』

「それもモノによるっつってんだろうがよ
 今回はヘリコプターなんて形遅れのものじゃないんだろうな?」

『ああ、それは保証しますよ
 なんせ、わが社が誇る最新兵器、エステバリスですから』

「それも気に食わないんだが…」

『スパイクの戦闘機好きは知っていますが、今回はあいにくとエステバリスしか搭載しておりませんからなぁ…』

「ま、こんな日があってもいいかな…
 で、何所に行けばいい?」

『ハンガーに来て下さい
 設定を整えたら直ぐにでも出ていただきます』

「わかった」

『それでは、宜しくお願いします』

プロスが通信を切り、画面が消えるとスパイクはドアを開ける。

「スパイク」

「いつも通りだよ。 遅くなるかもしれないが、帰ってくる」

ジュリアが声をかけると、スパイクは足を止めて振り返らずに言う。

「行ってらっしゃい」

スパイクが部屋の外に出て、ジュリアとユリカだけになった。

ジュリアはユリカの猿轡を取る。

「何で私がこんな事されなきゃいけないんですか!
 私はナデシコの艦長なんですよ!!」

「残念だけれど、今の貴女はただの船員よ
 ユーチャリスがナデシコと行動を共にする時の条件は覚えているかしら?」

「そんなの関係ありません! 私がナデシコの艦長なんです!!」

ジュリアは冷静に話を進めようとするが、いきなり拘束されたと思っているユリカが冷静になれるはずもない。

喚き散らすユリカに、ジュリアは艦内で支給された銃を突きつける。

ちなみに、平時は厳重に保管するべきなのだが、ジュリアは癖でいつも隠し持っている。

一気に血の気の引けたユリカに、言い聞かせるように話を始める。

「関係ないことじゃないの
 ユーチャリスがナデシコと行動を共にする時の条件を覚えている?」

「お、覚えてないです」

「提督、艦長の停職よ
 貴女は今、ただの船員なの。 …わかる?」

こくこくと頷くユリカに、ジュリアは銃を収めて話しを続ける。

「貴女がユーチャリスに行った際に何をしたかは自覚しているかしら?」

「でも、アレはバッタが船内にいたから…」

「貴女はパイロットじゃないの。 そんなことする必要もなかったし、退艦命令は出ていたの?」

「あ………」

言われて見れば当然の事で、艦内に敵が進入したのに、気付かずにそれを許す事はあるかもしれないが、それでも無いに等しい。

退艦命令もないのに艦内を無意味にうろついていたのはユリカだし、勝手に迎撃しようとIFSまで付けて機動兵器に乗ったのも独断だ。

艦長であればどうにでもなるのだろうが、ただの船員がそんな事をすれば懲罰されるのは必然である。

「それから、貴女がユーチャリスを破損させた事で何が起きたのかは知っているかしら?」

「何かあったんですか?」

「…当時、ユーチャリスは作戦行動中で、貴女は戦闘中にユーチャリスのハッチに穴を開けたの
 いくらディストーションフィールドがあっても、実装甲が無いのは致命的なのはわかるわね?
 そして、それに危機感を感じて勝手にナデシコのエステバリスが発艦。 位置がバレたの
 貴女はそれだけの事をしたのよ。」

ナデシコからエステバリスが発艦したのはユリカの責任でなくとも、それが原因でナデシコが無駄に危険に晒されたのは揺るぎない事実。

「それじゃぁ、私が……」

「そう、貴女の行動で作戦は失敗したと見て良いんじゃないかしら
 ユーチャリスはシュミレーション以上の働きをしていたのだから……」

固まるユリカの拘束をジュリアが解除していくが、ユリカは事実に打ちのめされて動けずにいた。

「さて、それを認識したからには、貴女は自室謹慎よ
 ココは病室で、病気でもない人を受け入れる場所ではないの」

それだけ言って、ジュリアは病室から出て行く。

暫らく呆然としていたが、のろのろと頼りない足取りで自室に歩いていくユリカ。

自室前に来たとき、その歩みは止まった。

「…なに、コレ」

ペンキやペンで殴り書きされた字、内容は誹謗中傷。

『なに考えてやがるクソ尼』『艦長降ろして正解だ』『火星に捨ててくぞクズ』

色鮮やかに、とことん恨みがましく、本気で…

オモイカネが、ユリカを認識して部屋のドアを開ける。

それで我に帰ったユリカは、逃げるように部屋に入る。

流石に部屋の中まで他人が入った形跡は無い。

ユリカは布団に入って丸くなり、一人震える…

 


 

「艦長代理、元艦長が自室におこもりです」

「そうか………。 ありがとう」

ナデシコのブリッジ、その最上段でルリの報告を聞いたジュンが沈んだ返事をした。

「ジュンさん、ヒナギクが撤収作業に入ったそうです」

「わかった。 こちらも予定通りだと伝言を」

「わかりました」

メグミにそう返して、ジュンは手順の確認をする。

「廃艦状態のクロッカスにリモートコントロールの自爆機能を付ける
 ナデシコとユーチャリスをラインで繋ぐ
 ヒナギクを回収してディストーションフィールドを全開
 チューリップに突入して、クロッカスを自爆させる」

「艦長代理。 それ、10回目です」

「え、そんなに繰り返してた!?」

ふっと、ブリッジの緊張がほどけた。

「はい。 それと、全工程の半分程は完了しています
 現在はクロッカス、それに隣り合っているチューリップへと接近しています
 これ以上の予習は無駄だと思いますけど?」

そう、クロッカスに向けて作業要員を乗せて飛ばしたヒナギクが撤収していると言う事は、残りは「ヒナギクを回収して…」以降のプロセスだけということだ。

「そうだね、とにかくミナトさん。 よろしくお願いします」

「はいはい、まっかせといて♪」

ミナトも軽く請け負ったが、やる事はかなり難しい。

なんせ、ヒナギクがナデシコに収容されるまでは一定速度を保ち、収容した瞬間にユーチャリスとの釣り合いを取りつつも最大加速に切り替えなければならない。

障害が無ければ簡単かも知れないが、ココは敵陣のど真ん中。

邪魔が入らない保証は無い。

しかもその時にはチューリップへの突入航路に入っているから、回避は不可能で援護もナシ。

自覚しているのかどうかは怪しい所だが……

『ブリッジ、接続ケーブルの確認終了したぜ。 異常なしだ』

ウリバタケが報告してきた。

「わかりました。 エンジンとディストーションフィールドの方も頼みます」

『おうよ、任せとけって』

『こちらユーチャリス。
 そろそろナデシコの牽引を始めてもいいですか?』

ウリバタケのウィンドウと入れ替わるようにコハクが通信を入れてきた。

「そうですね、ケーブルの状態を気にするのを忘れないでください」

先程ウリバタケが接続したケーブルは、チューリップ突入時にユーチャリスとナデシコを離さないようにするだけでなく、ユーチャリスがナデシコを引っ張る事も考慮に入れてあるのだ。

ただ、急場凌ぎの物なので大き過ぎる負荷は断裂を招く。

勿論、コハクだけに気を使わせて終り、という話しではない。

ルリもケーブルの監視をするし、最終的な調整はミナトがする。

『わかってます。 ミナトさん、ルリ、頼むわよ』

「はい」「まっかせといて♪」

『それじゃ、宜しく』

コハクも通信を切り、いよいよ本番が近付いてきた。

「ヒナギク、ナデシコのカメラに写りました
 相対速度は予定と±0」

「じゃ、現状維持しま〜っす」

「ディストーションフィールドを一時解除… 再展開を確認
 ヒナギク、ディストーションフィールド内に入っています」

「引き続き収容作業を続行してください」

「ヒナギク側での相対速度調整は順調…
 収容完了」

『ユーチャリス、推力最大』

「こっちも、推力最大!」

ケーブルによりユーチャリスに引っ張られる寸前に加速を始める。

結局は速力の差で次第に引っ張られる形になるが、それはケーブルの耐久範囲内での事だ。

「敵影確認。 9時方向です」

「距離は?」

『1000m! こっちの実弾火器を使うわ
 ナデシコは現状維持を最優先に!』

低空で航行するナデシコ達では、山脈に隠れて接近していた敵機は確認できなかったのだ。

今更針路変更は不可能だ。

主砲は向きが90度違うし、ミサイルを撃つにしてもディストーションフィールドの解除は必要だ。

火星の生き残りを抱えたナデシコよりも、ユーチャリスが適任なのだ。

宣言通りに、ユーチャリスはターレット式の砲台を回頭させて砲撃を開始した。

綿密に計算され尽くした弾道を辿り、次々に敵艦に命中していく。

もっとも、旧来の実弾による砲撃戦などの実戦データは無いのだろう。

蜥蜴の回避行動は疎かな物だった。

ただ、威力と引き換えで連射力が低いので敵艦の減りは少ない。

「敵機動兵器が展開しています
 敵艦の砲撃も開始されました」

『こっちも防御します
 チューリップまでは後30秒』

「このままなら、ディストーションフィールドの耐久範囲内です」

コハクとルリの言葉に、ジュンがいえる言葉はほとんど無い。

「総員に対ショック姿勢を
 このまま突っ込む!!」

「皆さん、衝撃に備えてください!」

メグミが放送をしている間に、ユーチャリスがチューリップに突入した。

「クロッカスの自爆装置を!」

「起動…… 動作確認
 ナデシコ、チューリップに入りきりました
 …クロッカス自爆。 出口が塞がりました」

「ユーチャリスとの接続は?」

「ライン、確保されてます」

『さて、コレでどこかに行くのは確実
 問題は何所に行くかわからないってところ』

「兎に角、ユーチャリスとナデシコが別々になるのだけは回避しないと…」

『それは、どういった努力をすればいいのか…
 イネスさん、わかり易く・聞き易く・短くコンパクトに説明していただけますか?』

『それでは説明しましょう。
 と、言いたいのは山々なんだけれど、予測すら立たない現状では何とも言えないわ』

「アレだけ言い張っといて、それはないわよね」

ポツリといったルリの台詞が聞こえたのか、ちょっぴり青筋の浮かんでいるイネス。

『と、兎に角、ディストーションフィールドさえ展開していれば大丈夫なのよ!』

「ま、そうならいいんだけど…」

語気荒く言うイネスに、再びポツリとルリが呟く。

ただ、カメラ目線はどうかと思うよ…


――あとがき――

【幻魔狼】 さて、今回は予定を変更してイネス・フレサンジュ女史をお呼びしました

【イネス】 どうして私は女史ってつけられてるのかしら?

【幻魔狼】 あぁ、気になさらずに

【イネス】 あら、嬢って言われない限り協力しないわよ?

【幻魔狼】 あ、そうですか?
       じゃ、俺が説明を…

【イネス】 せ、説明!?

【幻魔狼】 あれ、イネス女史が説明をしないとは珍しい…

【イネス】 わ、私は協力しないわよ…?

【幻魔狼】 あ、さいですか。 それじゃ、ちょっと文頭を見返してみてください

【幻魔狼】 文頭で使っている数字の意味は敵艦の方向です
       前が艦首を12時として右舷が3時とする水平軸、後ろは艦首を12時として艦底を3時とする垂直軸です
       この二つの組み合わせで敵の方向を示すんですね

【イネス】 ずいぶんと下手な説明ね

【幻魔狼】 協力しない人は黙っててくださいな

【イネス】 私が説明すればもっと詳しく…

【幻魔狼】 別に詳しくは求めてないでしょ、読者様も

【イネス】 そ、それはそうかもしれないけれど…

【幻魔狼】 さて、次回予告をば…
       …ダメだ、ネタが無い

【イネス】 な、ネタ切れ!?

【幻魔狼】 だって、イネス女史じゃ弄れない…

【イネス】 失礼ねぇ…

【幻魔狼】 ま、要するに『婆さんは用済み』ってヤツでは?

【イネス】 ふ、ふふふふふふふふふ…

【幻魔狼】 あ、ヤバ……

 
 

――後の光景はご想像にお任せいたします――

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